黄金の国ジパングの元ネタは東方見聞録の4百年前に書かれたワクワクの国

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マルコ・ポーロの「東方見聞録」が、大航海時代を開くことになったことは有名な話です。

欧州の帆船が世界を旅してまわったのは、ロマンを求めてというより、金銀財宝や香辛料といったアジアの富を求めてです。

東方見聞録にある黄金の国ジパング

  • ジパングは、カタイ(中国大陸)の東の海上1500マイルに浮かぶ独立した島国である。莫大な金を産出し、宮殿や民家は黄金でできているなど、財宝に溢れている。人々は偶像崇拝者で外見がよく、礼儀正しいが、人肉を食べる習慣がある。
  • モンゴルのクビライがジパングを征服するため軍を送ったが、暴風で船団が壊滅した。生き残り、島に取り残された兵士たちは、ジパングの兵士たちが留守にした隙にジパングの都を占領して抵抗したが、この国で暮らすことを認める条件で和睦して、ジパングに住み着いたという話である。 wiki

マルコ・ポーロ自身はジパング(日本)に渡っていないため、伝聞による話です。しかし、宮殿どころか民家まで黄金でできているとは豪勢です。

何しろ十三世紀末(1298年ジェノヴァの牢獄で口述筆記)に書かれた本ですから、マルコ・ポーロ自身の存在も疑われることもあるくらい、信ぴょう性については疑問符が付くこともあるのですが、これを読んで黄金の国ジパングで「金」を手に入れたいと願った人々を生み出したことは確かです。

ジパングの話の元になった黄金の宮殿は、平安時代末期に奥州藤原氏が栄えた奥州平泉の中尊寺金色堂がモデルではないかと言われています。当時の奥州は莫大な金を産出し、平氏政権の時代に金売り吉次が牛若丸を奥州に連れて行き藤原秀衡の庇護の元に成長して源平合戦~義経と頼朝の対立に至った経緯はご存じでしょう。

金を産出したことが藤原氏の力の源泉だったのです。

●LED照明で輝きを増す中尊寺金色堂

このジパング伝説には異説が多く、日本=黄金の国とは言い切れません。東方見聞録を読んだ人の誤解という話もあります。

かの有名なコロンブスは、東アジアを目指しながらアメリカ大陸に到着し周辺を探検しましたが、元々は、黄金の国ジパングを目指しており、生涯、アメリカ大陸をアジアだと思い込んでいました。まあ、結果的にポルトガルおよびスペインは南米大陸の金銀その他財宝をヨーロッパに持ち帰ることになるのですが。

イブン・フルダーズベの「諸道路と諸国の書」

現イランのアッバース朝で活躍した官僚のイブン・フルダーズベ氏が、中国の東方にあるワークワーク(ワクワク)という国について846年から847年頃の著作「諸道路と諸国の書」で記載しています。

ワークワークは金を豊富に産出するといい、住民は犬をつなぐ鎖や猿の首輪を金で作っており、また、チュニックを金糸を用いて織っているという。ワークワークはすぐれた黒檀の産地であり、「黄金と黒檀はこの地から輸出される」と記している。wiki

魅力的な書き方ですね。こんなに金が豊富にとれる国があれば、王侯貴族達が色めきたったことが想像できます。このイスラム世界に広まっていたワークワーク国=倭国伝説が、中国の元に伝わり、日本侵攻(元寇)や東方見聞録に繋がった可能性が高いと考えられます。

ワークワークは、倭=和とつながる名前ですが、日本語の「わくわく」にもつながりますので言葉として面白い名前です。

語源由来辞典にもわくわく=水などが地中からでてくるさまから生まれた言葉という紹介とともにワクワク島のことが書かれています。

金投資を行うもしくは興味のあるあなたは、マルコポーロやコロンブスのことをどこまでご存知でしょうか?

古来より、金の魅力が人類を虜にしてきたことが、黄金の国ジパング伝説からも分かります。