ISがラマダン中の欧米に対する全面戦争を宣言!テロに注意。

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IS(イスラム国)が、ラマダンにあわせて欧米との全面戦争を呼びかけたとのニュースがニューズウィークで報道されています。つい先日、マンチェスターでの自爆テロがあったばかり、新たなテロのリスクにさらされています。テロが相次いでいますので、金価格に影響を与えないかもしれません。もちろん、テロの脅威・恐怖については、金投資以前に大いなるリスク。

政府高官や政府機関を狙ったテロと違い、一般大衆を狙ったテロ・犯人の安全を確保しない自爆テロから身を防ぐのは非常に難しいことで、欧州では、イスラムに対する恐怖心を植え付けつつあります。


ISによるラマダンにあわせた全面戦争

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この欧米との全面戦争を呼びかけるメッセージは、シリア・イラクの現地で追い詰められつつあるISの劣勢を覆すための手段であり、過去2年間も呼びかけられていました。そのため、このメッセージ自体で、安全資産としての金価格に強い影響は与えていません。

テロとの戦い

今回のメッセージが、ISの報道官「アブ・ハサン・アル・ムハジル」のものかは、分かっていません。ニューズウィークによると、暗号化アプリ「テレグラム」を使って配信されたファイルは、次のような内容。

「家・市場・道路・広場」への攻撃を呼びかけている。「民間人を標的にすることは我々の好むやり方であり、最も効果的だ。諸君が大いなるラマダンの報酬を手に入れることを願う。ニューズウィーク

場所を問わず、民間人を攻撃にせよと示唆しています。昨年に殺害されたISのアブ・ムハンマド・アル・アドナニも、昨年にラマダンを征服とジハードの付きと呼び、シリアやイラクに渡航するより自国で攻撃せよと呼び掛けており、世界各地に散らばるイスラム過激派が、ランダンの期間に大きなテロ事件を起こすリスクが高まっています。

最近のテロ事件のほとんどは、移民ではなく、自国民が起こしています。自国育ち(ホームグロウン)のテロリストという言葉もある程。社会的な孤立感・差別感・能力や文化の違いに絶望した彼らは、ISに参加することで、大義・コミュニティーへの帰属意識・実行する使命を得ることができ、自分の命すら犠牲に自爆テロを起こします。民族・文化・言語の異なる国で暮らすことの苦しさは、私達、日本人の想像以上のつらさを味わうのだと思います。

2017年のラマダン

2017年のラマダンは、5月27日から6月26日。コーランがムハンマドに啓示された神聖な月。昨年は、米国のオーランド、フランスのニース、イラクのバグダッド、トルコのイスタンブールなど各地でテロ事件が起きました。

イスラム過激派と一般のイスラム教徒は別。頭で理解することや机上で議論することはできてもカンタン。しかし、実際に欧州各地でイスラム教徒と他宗教との間に大きな溝が生じており、その分断こそがISの狙い。

ISは、イラクやシリアを失っても、世界各地に散るイスラム教ネットワークに埋もれてしまえばいいのですから。その戦略を実行するためには、イスラム教徒とキリスト教徒をはじめとした他宗教との間に憎悪や恐怖が強い程、有利になります。そのためにこそ、ラマダン期間中に、民間人をターゲットに攻撃せよと指令を出しているのです。

2017年4月のロイター情報では、イラクの支配地域は6.8%までに縮小。

ISは最盛期にはイラクの40%を支配していたが、激しい軍事作戦により支配領域は6.8%まで縮小した。作戦は現在もモスルで続行中。現時点でISが支配しているのはカイム、タラファル、ハウィジャ、および首都と位置付けているシリアのラッカ。支配地域を失うIS

他者の信仰を尊重することの大切さ

サッカージャーナリストの豊福晋さんは、スペインカタルーニャのイスラム地区「ラバル」で、イスラムのセクトに入ったという元バルセロナのユース選手「バディ・ロペス」を探します。

サッカースタジアム

カタルーニャには、スペインのムスリム人口の1/3以上が集まっており、テロ計画を立案する本拠地にもなりえる場所。過激派の蛮行は、限られたごく一部の行為と分かっていても、イスラム全般に恐怖を抱いていたと豊福さんは語ります。しかし、漠然とした恐怖は、皆がバルセロナの試合を応援している姿を見て和らぎます。

私の住んでいる近く、西川口にも異国情緒あふれる地域があります。そこでは、異国の料理・異国の言葉・異国の文字の方が多い程。店によっては、日本人は一人もいません。店員さんに日本語が通じないこともしばしばあり、人によっては恐怖を感じることがあると思います。

バルセロナで活躍したサッカー選手「エリック・アビダル」は、イスラム教徒として有名でした。豊福さんの著書「カンプノウの灯火」には、アビダル選手の祈り・宗教についての考え方が掲載されています。

どんな神がいたっていいんです。世界にはたくさんの信仰があり、神がいる。大事なのは、それぞれが信じるものを追求し、心の中で祈ることだから。

願わくば、世界中の人々が、この考え方を持ってくれることを祈ります。