ドルとゴールドを軸にする通貨制度:ブレトン・ウッズ体制

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第二次大戦終了前に、米国のニューハンプシャー州にあるブレトンウッズで決められた国際通貨体制が、「ブレトン・ウッズ体制」。

1971年に、ニクソン・ショックで崩壊するまで、様々なモデルチェンジを加えながら続いた通貨体制の枠組み。金(ゴールド)と米ドルを二本柱とする固定通貨制度でした。

ゴールド


ブレトン・ウッズ体制で金価格を35ドルに固定

連合国45カ国が集結して、世界経済の安定化を目指した制度。

国際通貨基金(IMF)と世界銀行【国際復興開発銀行(IBRD)】を設立

IMFは、為替レートの安定や自由貿易の発展に向けて設立されました。為替レートの安定化自由貿易の発展を目的としています。

1930年代に大恐慌を招いたブロック経済が、その後に戦争へと繋がった経緯への反省を活かそうとしています。

金本位制から金・ドル本位制へと

IMFは、金のみを国際通貨とする金本位制から、米ドル・金を並列させる金・ドル本位制へと変更。

金価格を1オンス=35ドルに固定して、米ドルだけを金と交換可能な通貨とする金・ドル本位制のスタートでした。当時は米国に大量のゴールドが集中・戦争で荒廃した欧州に対して圧倒的な経済力を持つ米国を基軸とする通貨・経済体制が始まりました。

他の通貨は、米ドルとの交換比率が固定化されて、変動率は上下1%未満に設定。

日本円は、1ドル360円に固定されて、変動率は上下0.5%と設定。

これが、ブレトン・ウッズ体制による固定相場制度です。

金価格が米ドルに固定されたことで、為替相場の安定化・各国の経常赤字をIMFによるファイナンスで支援されるなどで、景気悪化に歯止めをかけることを期待されました。

経済政策は、科学と少し違い、絶対的な正解はありません。その時の状況に合わせて、柔軟な対処法が必要なことは昔も21世紀になった今でも変わりません。

この時も、ベトナム戦争で疲弊していく米国に対して、復調していく欧州という対比の中で、固定相場制が持たなくっていきます。本来であれば、ドル安で調整しなければいけないはず。それが、固定相場制のままのため、米国と欧州・日本の経済的なバランスが崩れてしまったのです。